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屈折率


かすんでる世界に 輝く 唯一の光
光源は何だろう?
さぐれどさぐれど 道は遠くて
時たま 虚像のように思えてくる

今 私は 素裸でいるように
身につけた物やら
心に染みた話やら
     思い出やら
ましてや携帯電話などは
 空気を透かすような存在でしかなく
そう私は素裸
 赤い血と赤い筋を力強く
  そしてやわらかく
   蹴って私は光の方へ

しばらくすると 光は私の後方にさす
逆光の世界は真暗く
私は一粒の汗か涙をたらして振り返る

さぐれどさぐれど 道は遠くて
望む夢やら希望やらを
まげてくレンズの正体
屈折する光を追いかける瞳_。


__________________
2002年 一浪 2/9 19:10

MY・COMIC


どこまであるのか分からないものの
その奥 は
想像力を超えて きっと目の前には現れてくれないんだから
     
きっとどんなに考えても思いつくようなことではない
何百年、何億人が考えても思いつかないようなことが本当にあるんだ
宇宙

自分のみている世界は唯一無二で
実は誰とも全ては共有していない
一秒、一瞬に巻き起こる感覚は実は私だけの宇宙で
すぐ近くにまた別の宇宙がある

仕方が無く、私は起きている事象を
最終的には私の目でしか認知できないしくみ
人の目になれたら、どんな宇宙旅行よりも面白い。

______________________________
2006-01-31 21:51記! COSMIC←→COMIC



2008.4.1 に録ったDJ?MIXアップしました!
DJ:?
ART WORK:MIDORIKAWANO
http://md-k.net/dj/nazo_mix.mp3



 
のはら


のはらがあった
どこの国かはわからない野原という存在が。
人がいた。
どこの国の人かはわからない、ただ人間という存在が。
その人はいった。
「だって僕がわるいんじゃないし。」
何かがへんじした。
「じゃぁだれのせいだというの?
 この世界には、あなたしかいない。」
すると
「この世界には僕以外も存在するよ。
 時間っていうものがね。」
「じゃぁ時間のせいだとでもいいたいの?」
「そうだよ時間がすべて僕をそうさせたんだ。」
「それはうそよ、だって私がききたいのは…」
「?」
「だれが時間を止めたのかって。」

______________________________

高校3年 2000_8/15 の日記

旅行記 [1][2]
[2005年08月記]


[1]

何から書こうかとても迷います。
もうこれは去年の夏のできごと。

中学生の時、なぜかインドに行きたいと思いついた。
高校生の時、横尾忠則の「インドへ」を読んで、確信した。
その理由は色々あるのだけど、省略。

そして大学3年の夏、夢がかないました。

初海外。ガイドブックはこれでもかというくらい、
インド旅行についてくる危険性を詠っていた。
不安なわけがない。よくも悪くも何かが起きるはず。

スケジュールの関係で、先に旅を始めた友達。
夜中の空港で再会。
AM2:00
なんかたくましく見えた。
汚くて強い、ただならぬ雰囲気。

…ヒト、おおっ!
暗くて見えないけど、こんな夜中に外にはヒト、ヒト、ヒト。
暗闇から聞こえるのは
初めて耳にするあの独特のヒンドゥー語。
真っ暗な謎過ぎる空間の中、
わけもわからずタクシーにのせられ、カーチェイス。
(本気、リアルにカーチェイス)
クラクションは「抜かすよ」の合図。
そこ抜かすのかよ、危ないよ、狭いよ、ヒトひくよってところも
もちろん、抜かしにかかる。
べつに急いでないよ、まだ生かしてよ。
そういう旅のはじまり。
間違いなくエキサイティングな旅。

そして約束とは違う、安宿に到着。
AM3:00
初日は3000円くらいのいいとこにとりあえず泊まって安心しようかと計画していたのに、300円の安宿。
天井にファンがまわる、ぬるい空気のなか、
まだ見ぬデリーの町並みの朝をまつ。
この夜は悪夢をみた。
酷い悪夢だった。
そうか私、びびってたんだ。
と、やっと気付いたけど、もうかえることはできない。
もうここはインド。


[2]

北インドの街を寝台列車で移動。

タージマハルはとても奇麗で、申し分なかったけど、
この後の旅をふりかえると、
観光地なんていかなくてもいいと思える。



インド4日目
次の目的地は、ヴァラナシ。
寝台列車に17時間乗り、やっと到着。
かの有名なガンジス川の聖地。
ここ以外の街で出会ったインド人は、
「ヴァラナシには本当に悪いやつがたくさんいるから気をつけろ」
と必ず言う。

人間の生と死がいつでも漂う街。
ヒンドゥー教の信者は、ここで死を迎え、
ここで焼かれて灰を流すことを夢見る。
火葬場からは絶えまなく煙がたち、
嘘みたいな神聖さの朝日の元では
信者が沐浴をする。
人が祈る姿と太陽はよく似合う。
美しいのは景色ではない、
人々の信仰、歴史、そして生活。

ここでも私たちはわずか250円で人を雇い、
ボートからこの光景を傍観する。
この国では私たちは無条件で大金持ちだ。
その差を感じているのは、勿論私たちだけではない。
この旅で最も私たちの前にいつもあったのは、そうお金。

それゆえに起きた、悲しい結末 イン ヴァラナシ。






旅行記 [3]
[3]

ヴァラナシ2日目
前の晩に、ホテルの髭のlittle bossが
「おまいら明日の予定は?」
と聞くので
「勿論、ガンジス川を見に」
というと、例によってツアーらしき提案をしてきた。
インド人は信用できない。
でも、わずか250円というのと、私たちのみをリキシャでつれていってくれるというので、その話にのってみた。

AM5:30
約束どうりにホテルの外へでると、2人のリキシャマンが待っていた。
彼らの名前はアシーム、アシームの従兄弟。
忘れられない人となった。

私はリキシャが好きだった。
チャリの荷台に2人乗れるようになっている。
体をはって必死で稼ぐリキシャマンが好きだった。

薄暗い朝、ヴァラナシの混沌とした街をゆらゆら眺め
夢にみたガンガーへ向かう。
すでに朝日がでている。
町の路地裏のをだいぶ突き進み、脇にリキシャを止めた。
ここだよというけどどこにも川の気配はしない。

川にでるのは、突然。
建物をくぐると。。。。
(下写真の一枚目参照)

もう言葉がでなかった。
私の目下に広がる聖なる川。そしてたくさんの信者。
ガンジス川のこっち岸沿いには、
もう霞んでみえなくなるまでガートがつづく。
金の太陽と色とりどりの民族衣装。
なんという演出。

アシーム兄弟はガートについてすぐ、チャイをくれた。
そしてTourist Priceでお土産を売ろうとする物売りの子供たち
を、叱った。
彼等は私たちがボートで川を散策しているときも、
対岸の砂浜に寝そべっていたときも、
ボート漕ぎにチャレンジしたときも、
ずっとガートで待っていてくれた。
そして私たちの旅の安全を心から願ってくれた。

その後再び彼等のリキシャで朝食をとりにいく。
気まずそうに、お金がないから待ってるよというので
そんなわけにもいかず、ごちそうすることにした。
かなり遠慮するので、
そのかわり安くておいしい店に連れていってと頼む。

アシームは結婚していて子供が2人、
彼等の信仰にまつわるタトゥーの話
目の色の話
頬の傷の話
Tourist Priceのこと
Be carefulということ
Only one ladyのこと
弟には好きな子が2人いるということ。

何より彼等のすばらしいのは笑顔だった。
インドの旅で不安は多少あったが、
彼等との出会いによってそれが解け、100倍の価値をくれた。

インドで出会う人のほとんどは、
私たちにとっては少しのお金だろうと思い、高値をいう。
でも、私たちがそれを拒否する理由は、
そのたかが30円の損ではなく、
確実にそこに感じる「差」、
そしてそこで生じるインド人に対しての不信感。
人を疑いながら旅をすることは、疲れる。
なぜお金を払い楽をする私たちが偉いのか。
お金の力に頼る旅なんて望んでいない。
そう心底思いはじめた頃だった。

その壁を初めて超えてくれたのは、
人間として、私たちと接してくれたこの兄弟だった。









旅行記 [4]
[4]

振り返れば、インドの旅は
インド人との格闘だった。
疑うか、疑われるか。
その問題が常につきまとう。

私たちは信頼に満ちた旅をしたいし、
向こうはなるべく多めの報酬を望んでいた。
そこの駆け引きから生まれる格闘。

でも先にお金の話となると、信頼が持てず払う気になれない。
遠慮がちにされると、多めに払いたくなる 笑


私たちをのせて寺院に向かう彼等を見て、
そういう今までのことを振り返った。
こちらもはなから信用してなかったのかもしれない。

インド人だって疑われるのにウンザリなはずだ。
このぼろぼろで重いチャリを
こんなにすいすい漕げることが
一つの真実を語っていた。
毎日必死で働いているという真実。
そしてリキシャを漕ぐ彼の背中をみて
胸がいたくなった。


私は彼等は幸せなのではとおもった。
なぜなら、こんなにも人の心に優しさや温かさをくれる
力をもっているから。
どんなマハラジャよりも、どんなに進んだ国よりも、
私たちが本当に人生において価値のあることは
こういうもんだと思った。
でもそれを彼等が実感しているのかは分からない。

実際問題、お金がなければ生きていけない。
こんなに頭がよくて、たくましくて、立派な彼らでも、
夜になれば地面で寝なければならない。
なんのせいか、だれのためか。

だからせめて日本人として私は、
日本で覚えてきた普段のマナーや心使いは
決してこの旅で忘れてはいけない、とおもった。
ここでは金持ちだけど、その力を駆使したくはない。
インド人を尊敬しながら旅をして行くのが私に合っているんだ。
決して偉ぶってはいけない。

たばこがない友人に「いる?」と差し出すような感覚で
私は彼等に接しはじめた。

昼に一旦ホテルにもどり、
夕方またねと約束をした。
私たちは昼寝やシャワーやらメールチェックをして
停電の多いこの町を一旦休憩した。

夕方また彼等は待っていた。
彼等はあせびしょりになっていたのに
3日間一度も服を着替えることはなかった。

彼等がしてくれたことに対して私達は何ができるのだろう。
もちろん決められたお金を払うこと。
それ以上のお金を払うこと?
それはなるべくしたくないと思った。
私が彼等に少し多めのお金を払っても
彼等のこの生活が変わるとはおもえない。
そんな一過性の、形式上の感謝なんてたちが悪い。
それよりも、決められたお金をもらい、
私たちといる時間がとても楽かった、と思ってくれる方が
お互い幸せだ。
だから私は彼等との残りの時間、たくさん話し、通じ合い、笑おうと決めた。
それが私なりの答えだった。

私たちが土産屋で高級なシルクを選んでいるときは
ずっと店の隅で見守っていてくれた。
スコールが降る。
彼等ははしゃぎながら「こっちこい!」
とかくまってくれる。笑う。
超高速観覧車で絶叫する。

そして夜の何とも言えないあの町の光と音
彼等のリキシャでホテルへ戻る。
彼等とのさいごの時間。
すべてのことにぐっときてしまうような
満たされた気持ちだった。
色々な思いでの中で、彼等と築きあげた
信頼と思いではこの旅で重要なものになると
確信していた。

ホテルの前につき、
今日の夜中発の寝台に乗って
私たちはかえるよというと
とても寂しそうな顔をした。
そして、それなら僕らが駅まで乗せていくよと
いうので喜んでお願いした。

では本当に楽しかったよ、ありがとう 
夜中にまたここにくるよ。
と私たちがキラキラとホテルの方を向いた瞬間だった。

「マネー」

という声が聞こえた。
振り返ると
さっきまでの笑顔の消えたアシームが
右手を突き出し目を見開き、
そこに立っている。


旅行記 [5]
[5]

私たちは息をのんだ。
たぶん一分間は、何もいえなかった。
高い所から、突然突き落とされた分、
受けた衝撃は相当だった。
私の頭の中では、
物凄いたくさんの言葉が
整理しきれずにぐるぐるとした。
今までの彼等を信頼するか、しないか。

アシームはもう一度言った。
「マニー」
冗談じゃなく命の危機をかんじた。
アシーム従兄弟は無表情で立っていた。
何をおもっているの。

彼等を読むことが突然できなくなった。
頭がパニックになった。



私たちは、この兄弟を雇っているホテルに、
ツアー代として、もうお金をはらってある。
もしかしたらそのお金は彼等を斡旋しているホテルのものなのか。
でもそうだとしたら、ホテルから給料をもらっているはずだ。

色々な可能性を一瞬で考えた。


このホテルでは、何度かリトルボスともめていた。
そもそも駅で客引きにあい、ここに連れてこられたのも、
かなり強引で、かなりうまい手口だった。
ホテルでとった食事代の請求だと突然部屋に現れたインド人に、
何の疑いもなく支払い、
のちにそのインド人は全く関係のない人だと言われた。
友達がそのことに切れて我を失いかけたこともあった。

確かにリトルボスはこのツアーを100ルピーだけだといっていた。
少し安いと思ったけど、
リキシャの相場と食事代を考えると、まぁ妥当な値段だ。
もしかしたらアシームもリトルボスに騙されているのかもしれない。
ここで彼等との信頼を崩すのは
この先の旅にとっても不安要素になる。
だからきちんと話してみることにした。 
疑う前に、真実を知る。
これも彼等から教わったことだから。

しかし望みは崩れた。
彼は突然恩着せがましく、連れていった場所を数え、
私たちにたくさん世話をしたことを主張する。
「僕には家族がある。
 今までのツーリストは、たくさんお金をくれたよ。
 俺はみたよ、
 シルク屋でたくさんのお金を出していた君たちのことを。
 シルク屋にあんなにお金を出せて、僕らには払えないのか。」
と。
思い出と、彼等の働きっぷりを見ていれば、たしかに多めに払う気持ちもわかる。
だけど私が見つけた答えはそんなんじゃない。
でもこういう複雑な感情を表現する力が、私にはない。
お金がない彼等に同情して与えてしまったら、
そこに生まれるのは溝なのだ。


  

ふと思い出した。
ヴァラナシにくる前の町、アーグラでのこと。
リキシャで高級レストランに行くと、そのリキシャマンは
「ここで待っているから食べ終わったらまた僕のとこに乗ってくれ」
という。
でも次に行きたい場所がとても遠くて、
人力ではとても間に合わないので、断った。
彼等が納得するまで何度も事情を説明して、
理解してくれたようだった。
食事をしていると雨が降ってきたので、2時間くらいレストランにいた。

しかし外を見ると、まだ彼等はまっていた。
雨の間も外にいたのだろう。
彼等はたぶんこのレストランには一生入れない。

私たちは相談した挙げ句、あのリキシャには何が何でも乗るまいと、決めた。
こんなことは日常茶飯事で、
いちいち彼等につきあっていたら、
私たちの時間と金と体力が消耗する。
はっきり断ることは、日本人にとっての課題である。


「僕には子供がいるんだ、金をくれ、乗ってくれ」
そうしつこくついてくる彼を無理やり無言で振払わなくてはいけなかった。
あまりの惨さに、決心が何度もゆるみ、
「乗ってあげてもいいんじゃないか」と言った。
でも仲間と決めた。乗ってはいけない。彼等のためにも、私たちのためにも。

それでもしつこく私たちの顔色を伺いながらついてくる。
私たちは耐えきれず、無理やり傍を通ったオートリキシャに乗って離れた。

そのついてくる彼の表情。
ボロボロのサンダルで砂利を踏む足音。
明日の命はお前にかかっているのだよと訴えかけてくるような
あの表情。その重たさ。
離れる瞬間、かれは握手を求めてきた。
申し訳無さそうな表情で。
友達は下を向いて見ないふりをした。
だけど私は耐えられず、手を差出してしまった。
その、手の感触。
そのあとワァワァ泣いた。


生きることで精一杯で、私のようなただの先進国の娘に、
コビをうって金をもらうことなんて、本当は彼等もしたくはない。
でもそんなプライドを捨ててしまわないと生きていけない。

今までのような、お金目当てで近寄ってくるインド人とは
違う気がしていたが、
アシームもつまりはそういうことだった。
本質は同じ、苦身の人間だから。

どんなに分かりあっても、そこには民族の差というものがある。
豊かな国の人ほど、そういった壁を、
きれいごとで流し去ってしまえる。
それが相手にとっても同じだと思い込んでいたのは
私のエゴから生まれた理想に過ぎなかった。
彼等は、もっとギリギリのところで生きていた。
彼等が急に遠く思えた。


私たちは、彼等に普段もらえる相場はどれくらいか聞いた。
ある日は50Rだし、ある日は500Rの時もある、
といった。

私たちは、4人でその最高額を渡した。


部屋に戻ってそれぞれが色々考えただろう。
なんだか煮え切らない気持ちと
旅に疲れた気持ち
なんだか急に無になった。
起きたことを受け入れるしかない。


でも彼等との思い出を思い出す。
やっぱりこのままじゃいけない。
私はとっさに手紙を書こうと思った。
出発まで時間がない。

へたくそな英語で、精一杯書いた。
一ページみっちり書いた。
やっぱり彼等に言いたかったのは、
ありがとうという気持ちだった。


そして夜中の別れ、
少し気まずい私たちは
無言で駅に向かう。
彼等のリキシャにのるのは
本当にこれが最後。 
あの街の雰囲気はお祭りの帰りみちのようだ。
私にとっては特別な光景、
でも彼等にとっても、街にとっても、これは日常。
明日は別の客が別の価値観をもってここに乗っている。
また来るねといっても、彼等にはもう会えないだろう。



別れ際、手紙と一緒に、日本から必死にもってきた
「インド人信じられないグッズ」
を彼等にあげた。
チェーン付きの鍵と南京錠。
もう私にこれは要らない。
その代わり彼等の大切なリキシャが盗まれないように。

このグッズを手放して去る。
私はこの旅で2度目のワァワァ泣きをした。


終わり


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